神々の黄昏 ヴィスコンティ(Visconti) ヴァーグナー(Wagner) ALI PROJECT
今回のエントリーは、この公式ブログのテーマにピッタリというわけではないが、もともとが検索によるものなので、独白としてエントリーしておきたい。
神々の黄昏とは、神々の終焉のことである。
失礼ながら、「黄昏」は「たそがれ」と読む。
「神々の黄昏」と聞いて、何をすぐに思い浮かべるだろうか?
savage geniusからALI PROJECTを思い出し「神々の黄昏」へ
今回は前置きも長い。
昨日、Napsterでsavage geniusをふと見て、落として聞いたところ、なかなかだったので配信されている全曲をダウンロードした。
なにやらアニメのテーマ曲が多かったので、しゃれた女性ボーカルのアニソンから、ALI PROJECTを連想してしまった。
このALI PROJECTは私のお気に入りであり、Napster経由は1曲だけ、iTunesストアからはアルバム1枚と3曲、AmazonからCD5枚を購入している。
最初に買ったアルバムこそ、「神々の黄昏」だったのである。
「神々の黄昏」を検索すると
私は仕事をしているとき、クラシック音楽を流している。
随分前に、Yahoo!オークションでヴァーグナーの『ニーベルングの指輪(以下 指輪)』のDVDを落札していたのだが、この楽劇はトータル14時間を超える大作である。
そもそも映像を見るわけだから仕事をしながらというわけにはいかない。
大学時代は、ドイツ語が第一外国語だったにもかかわらず、ドイツ語を聞いてもサッパリ分からない。
よって、ヒマを作って画面にかぶりつきになる必要がある。さいわい日本語字幕付きであった。
今回は余談に余談を重ねるが、ヴァーグナーは日本ではほとんどワーグナーである。
『指輪』の中のヴァルキューレもワルキューレとかバルキリーとか…
ベートーヴェンと書かれることが多いだけに、ヴァーグナーは差別されている。
さて、DVD鑑賞の補完情報として『指輪』の日本語訳詞などを入手しようとして、Amazonで検索しているうちに「神々の黄昏」のキーワードでALI PROJECTにぶつかったわけである。
こうして、ALI PROJECTの『神々の黄昏』というアルバムをAmazonから購入したのである。
話は変わって、大音楽家ヴァーグナーが資金援助を仰いだのが、当時のバイエルン国王ルートヴィヒ2世である。
ルートヴィヒ2世をモデルにしてルキノ・ヴィスコンティが撮った映画の題名が『ルートヴィヒ』であるが、日本では最初は『ルードウィヒ/神々の黄昏』となっていた。
さらに、ヴィスコンティ監督の有名な『地獄に堕ちた勇者ども』の原題は、何と「神々の黄昏」だったのである。
この「神々の黄昏」とは、鋭意な創作家をよほどくすぐるのだろう。日本語の響きもいいし。
黄昏れた神々とは、キリスト教の神とは違う
ヴァーグナーと親交のあった哲学者ニーチェが、ツァラトゥストラに語らせた「神は死んだ」の神はキリスト教の神であるが、それは唯一神なので神々ではない。
『指輪』は北欧神話から採られており、キリスト教が支配する前のゲルマンの土着神こそ神々なのである。
そして、神々の黄昏は「ラグナロク」とも呼ばれ、北欧神話にはスレイプニルやフェンリルという神獣・怪物も登場する。
つまり、神々の黄昏は、偉大な芸術作品から、ポビュラー音楽、ゲーム、マンガ、アニメ、ブラウザーとその開発企業?にまで広く深く浸透しているのである。
最後に、ユダヤ教の神と、キリスト教の神は、同じ神である。
ところが、イスラム教の神、コーランに書かれている神は、ユダヤ教・キリスト教の聖書に書かれている神と同じ神なのである。
世界の紛争の大部分が、同じ神を信仰するもの同士の戦闘のようでもある。
その信仰で語られる神(ヤハウェ、アッラー)と、日本人が適当に言う神とは、多分大きく違っているだろうし、われわれには理解不可能と思った方がいい。
クラシック音楽のオタク、いわゆる「クラオタ」が、バッハは音楽を神に捧げたとか、ブルックナーは交響曲で神への敬いと愛を表現したとか、わけの分からない寝言をもらしている。
まことに滑稽極まりない。
宗教や神については、軽々しく語らない方がいい。
知らないことを知っているふりをするから、おかしくなるのである。
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