時代遅れになったのは新聞ではなく、一部の編集者、記者、経営者の方だ
News Corp.のRupert Murdoch、やはり功成り名を遂げた人は違う。もっとも小室哲哉はこの人と組んで財産の大半を失ったのだが。
メディア王といわれるだけあって、メディアの過去と現在と未来について、非常に示唆的である。学ぶことが多い。
中欧集権的ジャーナリズムの崩壊
下記の引用では、古くて新しい永遠の「知識人と大衆」のテーマにも通ずるところがありそうだ。
かつては、何がニュースで、何がそうではないかを判断できるのは一握りの編集者だけで、彼らは一種の神のように振る舞っていた。彼らが記事を掲載すれば、それがニュースになり、彼らが出来事を無視すれば、その出来事はそもそも起こらなかったことになる。
これは、グーグル八部とかヤフー八部とか、検索エンジンにインデックスされなかったり削除されたりしたら、サイトやページは存在しないも同然といったこととパラレルになるかもしれない。
つまり、検索エンジンは、今や神なのである。
マードック氏の批判は続く。
Murdoch氏は続けて、「Rather氏と彼の擁護者だけではない。最近の米国の調査によれば、多くの編集者や記者は読者が適切な判断を下せると思っていないという。つまり、このことが意味するものを明らかにすると、こういった編集者や記者は彼らの読者は愚かで、自分で考えることができないと婉曲的に言っているということだ」と述べた。
アメリカにも便所の落書きはあるとは思うが、マードック氏が新聞等の既存メディアが敵対する存在と考えるものにブログを上げている。
要するに、ニュースの発信が選良の独占を離れたことによる、過去の既得権者が新興勢力に対する反動的態度を取っていることに問題がある。
これは、20世紀まで通用した既存ビジネスがインターネットによって存亡の危機に立たされている恐怖感、あるいは断末魔の悲鳴にも近いと言えるだろう。
後付けなら何とでも言えるが、例えば幕末から明治維新にかけて、新撰組や彰義隊などは、よもや徳川幕府が倒れるとは思っていなかったはずだ。リアルタイムの当事者には、その後の歴史など知る由もない。
自分の因って立つところとはホワイトスワンであるから、その基盤を破壊するブラックスワンのことなど想像できないし、想像したくない。
こうして、新しい時代に適用できず、昔はよかったと嘆くしか能のない者は、いずれ主役を演じていた舞台から退場させられるのである。
とはいうものの、既存メディアを脅かす存在ともなってきたブログだが、新しいジャーナリズムとして機能するには、他のブログのちょい引用といったふざけたことをやっていても価値がない。
みずからオリジナルのソースに当たり、みずから考え、自分の頭と言葉で情報発信しなければならないだろう。
ともかく、何か批判が起こったときに、それは他人事とか、自分も一緒になって叩くようなイナゴの素質がある人はダメだろうけど。
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